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その日は初冬の良く晴れた朝だった。
今から病院に向かう私を自宅の前で両親は何故か写真に収めている。
母の目と自分の目が泣き腫らして写っている。お互いの涙の訳は少し違うのだけど。
不思議なことに父が舌癌を患い最初に入院した朝も私たちは無意識に写真撮影を行っている。
将棋大会で優勝した時の金メダルを掛け治療前の逞しい姿の写真が今もある。
初めての入院。
最上階の新館の大部屋に案内され入室するなりスキンヘッドの少女が最初に目に止まった。
見渡せば髪が抜けているのを覆う帽子やバンダナを巻いている人がやたら目に付く。
ここは血液内科の病棟で,副作用に脱毛を伴う放射線治療をしている白血病や
悪性リンパ腫の患者さんや,やはりステロイド療法(副腎皮質ホルモン)の副作用で
ムーンフェイス(顔が満月状に丸く腫れる)の膠原病の患者さんが多くいた。
私は,まるで対岸の火事を見るように「お気の毒に」と,とっさにその時はそう思った。
しかし病院の寝衣に着替えてすぐに検査やナースや主治医の問診が始まり,
その日の夕の処置から早速治療が始まった。赤く毒々しい色の点滴の色を見ても
その時はそれが抗癌剤だとは思わなかった。
入院時に説明された私の病気は‘骨髄機能不全症’今思えば何ともおおまかな病名なのだが
その時は治療をすれば治る病気なのだと信じて疑わなかった。
点滴を開始した直後から激しい動悸と体中の熱感,
目は充血し息が苦しくなり点滴の速度を遅くする事でその症状は少しましになった。
点滴が終わり,取とりあえず休んだが2〜3時間後に夜に食べた食事を夜中のトイレですべて吐いた。
私は得たいの知れない恐怖に襲われたが,入院初日の疲れもあるし
寝たらすぐに治るとやはり楽観的に考えようとしていた。「まさか私に限って」
ふと昼間見たスキンヘッドの患者達の姿が脳裏をかすめたが,その思いを振り払うように
洗面所の冷たい水で口をすすぎ顔を思い切り洗って,だるい身体を引きずり
静かに自分のベッドに戻り横になり目を閉じた。
2週間後には自分の髪がすべて抜けて無くなるなど想像すらしなかったのだ。
翌日の朝も昨夜の吐き気の残る身体に間髪居れずに抗癌剤の点滴は続けられていった。
その夜も次の朝も。まるで津波にのまれ必死で泳ぐ遭難者のようだと
私は自分の状況を,そのようにイメージしていた。
neko