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「ごめんな。もう一緒には暮らせない」
太く低い声のゆっくりとした口で彼は吐き出すように呟いた。
いつもに無く真剣な表情固い決意が秘められている事が瞬時に分かった。
私は,何度も何度も問いただし彼の悪い冗談である事を願った。
奇跡的な生還を遂げ再びもとの暮らしに戻ったものの
いつしか二人はすれ違い暮らしは冷え始めていった。
もともとこの暮らしの最初から二人の未来なんかは無くて,
この先元気になって彼との将来を夢見ていた私と,この先命短く終るであろう私に,
ただ同情して最後の願いを叶えてあげたかった彼とでは全く別の方向を見ていたのだから。
彼の心の変化に私は少しずつ気がついていた。
何年も一緒に居れば気が付かない訳は無い。離れていく彼の心を私は必死で留まらせておきたかった。
彼との別れは私にとって死を意味するようなものだったから。
その時の私は,自分の将来の幸せの保証を彼に求め過ぎていた。
彼を神のように信じ,ただ救われたかったのである。
しかし一方で彼無しで自分という人間が成り立たなくなっている,そんな弱すぎる自分を嫌悪した。
ひどく惨めで弱気な自分への怒りをもてあます事も度々であった。
この,頃は仕事にも出られず,ただ家の中でしか過ごせない一人の時間は,
近くの公園や堤防にあても無く出向き私は泣いた。
「私は幸せなんだから・・・でも,どうしていつも泣いてばかりいるの」と自問自答し続けた。
その頃の私は,彼を心から愛していると思っていたのだが,
本当は,自分だけがただ愛され救われたかっただけで
それは自己中心的な未熟な自己愛に過ぎなかったのだと今は思う。
人を愛するという事は,陽の光のように温かく闇を照らす月のように穏やかに
例えその存在に気付いてもらえず感謝されなくとも
たださり気なく与え続けるだけの苦行とも言える行為に,己の幸せを見出せる事だと思う。
その時は、そんな事を考える余裕すら無く自分自身を全部否定されたような屈辱に打ちのめされていた。
彼に必要とされる事だけに自分の価値を感じていたからだ。
彼から愛されなくなってゆく自分を憎み拒絶し燃え盛る火に体ごと身を投じて
跡形も無く消え去りたい衝動にしばしば駆られた。
鏡に映る変形の残る自分の顔を見ては,愛される資格の無い者に押された烙印のように思い
自分を呪い嘆き続けた。
neko