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「お元気そうで良かったわ。貴女が笑っていると私も楽しくなるのよ」。
と,私に声を掛けて下さるボランティアの方や
激務に耐えながらも親切で笑顔を絶やさずお世話をしてくださる病院スタッフの方々。
外来受診の度,私の部屋を覗きに来てくれる患者仲間,
休みの貴重な時間を割いて遠くから逢いに来てくれる友人達や母。
私の安否を気遣い心のこもった便りをくれる人毎日のようにメールで励ましてくれる人
・・・最近の私は彼等との繋がりの大切さを身を持って感じている。
此処に来るまでの私は,一人で生きてはいけない,分かちあう人が欲しいと願いながらも
「どうせ他人は私の本当の辛さなど理解できるはずないから頼れる者は自分だけ」
という,どこかスネた考えをしていた。
自分を含めて人の心は移ろい易く所詮人生は空しい事ばかりだと感じていた。
人の親切も優しい言葉掛けも,笑顔でその場を取り繕いつつも芯から心に響かなかった。
私には心を許せる友が果たして居るのだろうか?
数多くの友人知人は居るにせよ度々そんな事を考えてはいつも孤独を感じている自分が悲しかった。
如何すれば人を信じ愛せるようになれるのか?私は自問自答し続けた。
そんな私が今少しずつ変り始めたように思う。
私の病室に訪れる人達が私を励ましつつ自分自身を励ましているという事に気付いた時,
少しでも誰かのお役に立てている自分自身の存在を愛しいと思うようになって来たから。
自分自身を愛し始めた時に初めて他者を愛しいと感じたのだ。
人を信じること自分を信じる事・・・悪い事ばかりが続くとその信じる力を人は失いやすい。
確約されない未来の幸せを信じることは難しく至難の業だから。それを奮い起こせるのには勇気がいる。
信じて悪い結果が出てもそれを事実として自分が引き受ける勇気が
・・・人を信じ愛するという事はそういうことではないかと私は思う。
私を囲むすべての人との対話の中で人の優しさ弱さ強さを今まで以上に感じる事が
私の心臓のように硬い繊維状になった心を徐々に揉み解し柔らかくしていった。
心から彼等達に巡り合えた喜びに感謝し,その喜びが勇気を生み出し今の私の原動力になっている。
これはただ偶然に神様が与えてくれてたものでは無くて,きっと私が心からそう願ったから与えられたものの様にも思う。
怒りや悲しみの感情に支配されている頃はとても苦しかった。
でもそれは自分の苦しみや悲しみを自分以外の他者が理解すべきであると考えいて
それを解決する責任を他者に求める甘えに過ぎなかったと今は思う。
人はそれぞれの背中にそれぞれの荷物を積んで人生を旅している。
荷を降ろしたくなるような上り坂で隣を歩く人の背中をそっと押すことや
励ましの声掛けは出来ても決してその荷を代わってあげる事は最愛の人でさえも出来ないのだ。
家族との確執の日々は辛い思い出だ。
しかしその家庭の中で、絶望や孤独を味わわなければこれ程人との繋がりを大切なものと感じただろうか?
これほど人を求める自己に出会えただろうか?
今はただ、かけがえの無い肉親の存在がこの世にある事だけを喜ぼう。
決して返事が返らなくても、想いが届かなくても弟の幸せを願い続けたい。
この世でたった一人の私の弟だから。
遠い道のりを時間を掛け会いに来てくれる母にささやかな母の日のプレゼントを用意してみた。
いつも尖ってばかりの私だから。喜んでくれるといいのだが。
・・・“悩みは恵み”
ある精神科医の本をある時期読み漁り一番心に残った言葉。この言葉の意味をようやく私は分かるようになった。
そして本当にそう思う事で私の生き方は随分楽になったと思う。
neko